歴史・文化について
歴史
八幡山極楽寺(町指定有形文化財)
正式名称は、八幡山極楽寺長寿院で、八幡神社の別当寺。
開基は平安初期、聖宝尊師(理源大師)によると伝えられる。後に、来島した僧が配流された崇徳院追福のために御堂を建立、海中から得た弥陀の尊像を安置したものと言い伝えもある。
本尊は、阿弥陀如来。
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八幡神社鳥居(県指定有形文化財)
正式名は、八幡神社参道入口に建つ明神鳥居で、高さ385センチメートル、柱の直径50センチメートル、直島産の花崗岩製で、全体として重厚な印象を与えるのは桃山から江戸初期の作風の特徴。昭和47年、県の有形文化財に指定された町内に現存する数少ない文化財の一つ。
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高原氏墓地
豊臣政権下で直島水軍として活躍した後、関ヶ原の戦いで徳川の旗本となり、六代にわたって90年間直島を統治した高原氏一族がここに眠っています。
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直島女文楽
江戸時代、天領の地であった直島は、古くから芸能が盛んに行われていました。「直島女文楽」はその代表的なもので、八十八夜の鯛網の頃、網元が淡路島から文楽の一座を招致、琴弾地の浜で興行したことに端を発します。今のように人形の使い手が女性だけになったのは昭和23年になってから。一度は下火になりかけていた文楽熱を女性3人の手により再興。昭和30年に県無形文化財となりました。現在も県無形民俗文化財として受け継がれています。
直島の祭り
夏まつり(8月)
いつもの穏やかな島の表情も、この日ばかりは一変。食べて、歌って、踊って活気と熱気に包まれる一日です。
八幡神社秋祭り
本村にある八幡神社は直島町全体の氏神様で、住吉神社、崇徳天皇神社とともに「大祭り」と呼ばれています。八幡神社の秋祭りは毎年10月第3土曜・日曜日に行われ、28人の神社氏子が神輿を担ぎ、太鼓と共に町内を練り歩きます。太鼓は古くから「あばれ太鼓」で知られる豪快な祭りです。
※祭りの様子が動画で楽しめます。下の写真をクリックして下さい。
歌碑
崇徳上皇の歌碑
保元の乱に敗れた上皇が讃岐配流の途次滞在されたと伝わるのが琴弾の浜である。恋を忘れられるという忘れ貝を拾い京の都を恋うる想いを詠まれたという伝承が残っている。歌碑は、海の家つつじ荘に設置されている。
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若山牧水の歌碑
大正10年5月(1921) 牧水が鯛網見物に訪れた際に詠んだもので側面には「ボードレールの詩」(永井荷風訳)が何れも牧水直筆で刻まれている。
歌碑は昭和51年に建立されたが平成3年に海の家つつじ荘に隣接する現在地に移設された。
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「おやじの海」記念碑
日本作詞大賞大衆賞を受賞し大ヒットした「おやじの海」は直島出身の三菱マテリアル直島製錬所に勤務する佐儀達雄さんが作詞作曲し秋田県出身の村木賢吉さんが唄ったものである。この歌はNHK日本紀行で紹介され、その後も民間放送でも報じられるなど愛唱歌として唄い続けられている。
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